生きて行く舞踊家達の群れ

大人になってから始めるダンス生活
生活にダンスが取り入れられている人は全て舞踊家と呼んでいいよね☆彡

「コンペ」って何よ [後編]

HEIVAって見るの1日かかっちゃうんだよね。

コンペって見るのも超大変なのだ。



実はタヒチアンダンス、フラのハラウを決めるにあたって、コンペに強いという部分も選考基準に入れたのだが、最近その選択はどうだったのかと考えたりする。

コンペに強いということは日本人フラとか日本人タヒチとかになってオカシなマニアックなものに変形してる恐れが少ないっちゅうことで、本場にも近いものに触れられるという機会を多く持てそうだという事だ。

しかし、コンペに力を入れている団体にも手落ちが出て来てしまう事が最近分かってきた。

フラに関していえば、コンペ向けの演技ではハンドモーションをアッサリさせた方がグループ部門では揃えやすいという事で、それ用なものが主流になっていると聞く。また、フラならまだしもタヒチアンの世界だと、私の年齢ではコンペの参加って、もう違うでしょって感じで、アウェイな感じ。

ヘルパー部隊になるって道もありますが、踊りの世界観を研鑽したり挑戦する機会からは遠ざかってしまうのかなぁなんて。

結局、選ばれし者達の世界なんだなーと思う。別に選ばれもしないダンス好きの人間はどうしたらいいのだろう。


以前、ダンスでスランプに陥った時に出会ったのがフラでした。

そして、フラの世界観に助けられて、また、色々なダンスに挑戦出来るようになったのでした。

それを考えると、今のフラのハラウは私に合ってないかもしれない。

高飛車なようだけれども、私がフラの先生に求めているフラの世界観に関する造詣のレベルは高いと思う。

ハラウ独自のステップが正確に踏める、全体が揃ってる。でも、それだけではイマイチな物になってしまう。前日のフラのレッスンではないけど、チャントとか、歌が大きな声で踊りながら歌えたからって何だっていうんだろう。

全く意味が分からずに何の共感も持てずに声だけ出していたとしたら。


では、タヒチアンはどうなんか。

みんな、ムッチャ歌ってんの。気合い入れて。踊りながら!!

でも、声が聞こえていても、全体との調和があってないと変だし子供っぽくもなっちゃうんだなとも思った。歌ってなくても歌と踊りの振りが調和してるだけで、スンバラしくなるものなのだ。


客観的には非常に楽しく見れました。

タヒチアンダンスは伝統的なものもあるが、モダンなものになるとフラより格段に自由に創作が出来るらしい。なので参加ハラウさん独自の趣向を凝らした演目が並んでます。何故か日本の神話をモチーフにした演目があったりで、タヒチアン的な情熱とかフィーリングさえ表現出来ればいいみたいですね。フラよりも伝統的な踊りが体系立って残ってないっていうのが理由みたいです。

して、私の通ってるタヒチアンダンスのスタジオはどうだったか。


やっぱり良かった(≧∇≦)ですね。


バランスが凄く良いのです。色んな面で。

タネダンサーとキッズダンサーがちゃんといるハラウなので演目に大きなスケール感をもたす事が可能なんですね。

そこが良くて門をたたいたのです。

レベル高そうだから、きっと相手にされないんだろうなあと思いながらも。

そして今日見て改めて思う事は、「あそこに混じるの無理!!」ってこと。

でも良いのかもですね〜。

自分なりにコツコツやらなきゃいけないって事は、どこへ行っても、お〜んなじ!!

だから、色んな所に旅をするように、あっちこっちの稽古場に行く訳ねって、なんとなく納得したの。


と言うか、HEIVA長すぎ。

にも関わらず売店がなく昼ご飯にありつけなかった為、ヘロヘロである。

あ〜疲れた〜。

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